シリーズ 『おやつが好き』4

「おやつの記憶を探ってるんですが、なかなかでてこないんです。
うちがお菓子や甘いものをあまり置かない家だったのと、
あまり甘いものが好きじゃない子どもだったせいかもしれません」

井川「なるほど、でも?」

「おやつって聞いて、一番先に浮かんだのは、
近所の友達のいえに遊びにいったときに、友達のお母さんが出してくれた
「ジャムサンド」かな。
食パンにジャムとバターを塗って、
食パンをもう一枚重ね、半分に切って、
友達と私に半分づつ。

パンはトーストせず生。
バターかマーガリンか定かでないのですが、たっぷり塗ってあって、
溶けてジャムと混じった部分がおいしかった。

よそのうちで食べるからか、
よそのお母さんがつくってくれることが新鮮だっのか、
友達との遊びの途中で食べるのが楽しかったのか、

なんだかとてもおいしくかんじました。
ただのジャムサンドが不思議と記憶に残っています」

井川「そうね。なにも自分のお母さんの手作りじゃなくたって、
おやつというのはあるわけでね。
どこかそういうシチュエーションの記憶というのがあるね。
そういうのある人は?」

「あたしもおやつのエピソード、全然思い当たらなかったのですが。
そういうシチュエーションていうと、
今ふと、おやつって感じのものではないんですが。

幼い頃よく祖母の家に行っていて、行くとおやつをどっさり
食べきれないほど出してくれるのですが、
そのなかに、祖母特製、すりおろしリンゴジュースていうのがあって。
それがお気に入りでした。

ただリンゴをすってガーゼにいれて、手でぎゅーっと絞っただけのもので。
けれど祖母の家はけっこう汚かったのでガーゼもかなり黄ばんでいて、
今思えばよく食中毒にならなかったなって。
そういうシンプルで、でも祖母の愛情たっぷりの手作りジュースが
美味しかったことを。

今でもふと思い出します」

井川「みんな無い無いといいながら、それなりにあるよね。
そのりんごジュース飲んでみたいもの。
真っ黒くなったすりおろしりんごっていうのは、ボクも小さいころ
風邪ひいたら母親が作ってくれた。
大人になってから一度も思い出したこと無かったけど、
今聞いたら、そのにおいとかどす黒い汁の色とか、
わーっとまざまざとよみがえった。
そのときの蛍光灯の明かりとか、団地のふすまの穴とか、
若かった母親の顔とか。
プラスチックの摩り下ろし器なんかもね。

いったいどこにこういう記憶って残ってるんだろうね。
マメヒコに来る前はパティシィエだったあなたは?」

「母の初パウンドケーキが
やはり私の一番大きなおやつ体験であり、
未来の私をパティシエに向かわせた、
小さなおやつでした」

井川「どんなおやつなの。すばらしいケーキ?」

あたしのうちは母も働いてたんですね。
だから私はいつも母を見送り、母を待ってる。
保育園でね。

本当に手のかからない。
泣かないいい子でした。今でもよくそう言われます。
だってね。
そうすることが、忙しい母をせめて悲しませないことだって、
子供ながらにわかってたから」

井川「うん」

「でも、口に出しては言わなかったけど、ずっと憧れてたものがあったんです。
それは」

井川「それは?」

「サザエさんち」

「サザエさん・・・?」

「いつも家でお母さん達が待っていて、皆でわいわいおやつを食べる。
そんなことうちはなかったから」

「さみしいね」

「でも。でもね。
ある日、それは土曜の午後で、
保育園の帰りのお迎えの中に背広姿の父がいたの。
こんな早い時間にお迎えがきただけでもうれしいのに、それも父がいるなんて。
明るいうちに父と一緒に帰れるだけでうれしくて、うれしくて。

それで家について、扉を開けたら。
おかえりー。チーン。

映画やドラマのように、本当に扉を開けたらチーンてオーブンが鳴ったんです。

井川「オーブン・・・」

「台所に走っていくと、
私の為に母がほんとに初めて、初めてパウンドケーキを、
たったいま、ほんとにたった今、チーンて、
私の目の前で焼き上げてくれて。

正直、そのパウンドケーキが、
美味しかったのか、
どうやって食べたのか、
今はもう全く覚えてないんだけど、
でも。

あの時の台所中に広がった甘い甘いバターの香り。
母と父の笑う顔。
オーブンから出てきたパウンドケーキ。
嬉しくて泣きそうになって、
嬉しいのに泣いたら困らせちゃうからダメダメって、ぐっと涙こらえて。
無理して笑って。

って、すいません思い出したら泣けてきちゃった」

井川「すいません。・・・ボクも」

すいません。ごめんなさい。

あの風景は私にとっての大切な思い出で、
おやつってこんなに人を幸わせにできるって。
それは今でも信じてることです」

井川「幼かった君は保育園生活がいつも寂しくて、
そんなある日、思いもかけずお父さんが迎えに来て、
思いもかけず台所にお母さんまでいて、
思いもかけず
ケーキが焼けていて、
思いもかけず泣けてきちゃって、
とっさに泣くまいとして。

そのことをきっと親は何とも思ってないんだろうけど。
幼い君はしっかり覚えていて、
それでパティシィエになろうとして」

「親はパティシィエとか、こういう仕事に就くことを、さんざん反対しましたよ」

井川「人生とはそういう皮肉があるよね。
それでも親の反対を押し切ったというのも、
また親にとっては皮肉かもしれないね。
でも、いくら親が言おうとも、自分は自分の人生の主人公だから。
親は先に逝っちゃうからね」

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