「おてんとさま おつきさま」が終わって

「おてんとさま おつきさま」が終わりました。ご来場いただいたみなさん、ありがとうございました。

さて、今回の「おてんとさま おつきさま」。再再演なんですがね。

再演するにあたって、いまさらおんなじことやっても仕方ないなと思ったの。
一度やった作品をおんなじようにやることなんて、意味ないとボクは思うのね。だからやるならアップデートしたものにしたいと思ったわけ。

といっても表向きのところはそんなに変えらんないしね。でも建物としての印象はおんなじなんだけど、建物の構造ががらりとかわってるものにしたかったわけ。

そもそもこの一人芝居を作ったのは、あのころ宇田川でなんかやれないかな、それも映画に出たトミーでと思ってで、結果として一人芝居になったわけだけど、一人芝居そのものをやりたかったわけじゃないんだよ。

なんとなく勢いでトニー谷の人生を孫の視点で描く『お天道様とお月様』ってタイトが浮かんだのね。それでやったけど、今回またやるにあたって、そもそもなんでこのタイトルを、あのときのボクはつけたんだろうと考えてみたわけ。

それで読み返したらわかったわけよ。あのときのボクがなにをやりたかったか。それは「自分が知っている自分と他人が知っている自分」をやりたかったのよ。

「自分が知っている自分と他人が知っている自分」。

自分が知っている自分はおっちょこちょいだけど、他人が知っている自分はしっかりもの、んーとかね。自分が知っている自分はいろんなことができるはずなんだけど、他人が知っている自分はただの役立たず、とかね。

そういうことに悩んでるヒトっていっぱいいるわけ。でボクなんかがつい、「あなたはこうでしょう」とか言うとね、
「あなたはなんでそう思うんですか。わたしの何を知ってるんですか」って言うやつとかいるのね。べつにおめーのことなんて、なんにも知らねっつーのって思うけど、やっばり「自分が知っている自分と他人が知っている自分」ってことを意識してるヒトって案外いるのね。

それは社会的役割の強いヒトほど、「他人が知っている自分色」が強くなるからそのギャップに苦しんだりもするわね。

これは古今東西、人間が社会を形成したときからそうなんだと思う。
このことをわかりやすく2に分けて人間はこの宿命を慰めたのね。明と暗。陰と陽。白と黒。光と影。善と悪。天国と地獄。そしてお天道様とお月様とかね。

でもボクは小さいときにこう思ったわけ。

じつのところ2つに分かれてるものなんか、なにひとつないんじゃないかと。
2に分けることはわかりやすいストーリーとして、みんな腑に落ちるけど。
それを宗教として利用したり、エンターテーメントの商売として利用したりしてるけど。
それはすべて寓話なんでね。

世の中を見渡せば、100%の黒や100%の白なんかひとつも存在してない。
あえて色分けしたいなら、ただひとつグレーがあるだけなんだと。

そう子供の時思ったわけ。

自然界には存在しない人間の頭が作り出した、100%の黒や100%の白をまともに信じちゃったら、キツイと思うよ。

 

一人芝居に話を戻すと、一人芝居の面白さは、1人のヒトが役を演じ分ける面白さではなくて、1人のヒトが役を演じ分けきれない面白さがあるると思ったわけ。

名人と呼ばれる落語なんかを見ると、噺の中に出てくる登場人物より、間合いを取って呼吸してる落語家のほうがどんな人間なんだろうって気になっちゃうのね。

そりゃ当たり前だよ、同じヒトがやるんだからね。
「自分が知っている自分と他人が知っている自分」を明確に分けて、個性の違う役者をキャスティングしたら、世の中はきれいに2に分かれていると表現することになる。

でも実際は分かれてないとボクは思ってる。

トニー・タニタニが知っている自分、ダルマが知っているおじいちゃま。
ダルマが知っている自分、おじいちゃまが知っている自分。

1人の役者が、この場合トミーが、「自分が知っている自分と他人が知っている自分」を演じ切ろうとすればするほど、演出もそう追い込んでくほど、人間や世界は明確になんか分かれてないってメッセージとしてやれるなと思ったのよ。

脚本は人間のエグいとこばっかり書いてるのに、見終わったあと、何人かのお客さんが、「わたしも頑張ろって感じになりました」って感想がボクやトミーに届いた。

トミーという人間が目と鼻の先で七変化しようとしているのを目の当たりにして、結局白黒分けられるものではない、グレーでいんだってことを、感じたからだとボクは思う。

トミーが役者として巧みに演じ分ければ分けるほど、富山えり子っていう1人のグレーな(生身の生きている)人間がくっきりと浮かび上がっちゃう、それを観客は目の当たりにしてホッとしたっていう実験演劇だったとボクは思ってます。

写真はメキシコで撮ったビーズの絵。

井川啓央
井川啓央
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