ハタケマメヒコのはなし①

今年で今の場所でのハタケマメヒコはひとまず終えます。紆余曲折あって、いまにいたります。
その経過をボクが豆類時報という雑誌にインタビューされた原稿がある(2014年)ので、ここでそれを紹介します。

日本古来の豆のカフェ

 珈琲のお供に、日本古来の豆を食事やデザートに使ったカフェ、カフエマメヒコを始めたのはいまから9年前です。三軒茶屋で始めて、その後、渋谷に2店作りました。いま三軒茶屋に新しいお店を作っているので、これで4店舗になります。(2014年時点)

 お店で使っている日本古来の豆というのは小豆、大豆、黒大豆、紫花豆や白花豆、金時豆、虎豆などのインゲン類です。マメとコーヒーということで、コーヒーを逆さに読んでヒコ、それでマメヒコとしたんです。とくに深い意味はありません。

 開店以来、毎日、5種類近くの豆を店内のスタッフが炊いています。主にデザートに使います。お店で一番人気の黒豆寒天というのがあるんですけど、これは吸水に1日、味入れに2~3日くらいはかかります。それぞれのお店の厨房で、スタッフがイチから豆を煮ます。女の子が多いんですが、もちろんうちに来るまでは豆なんか煮たこともない、普段もあまり食べないというスタッフばかりです。豆好きを集めてるわけじゃないですから。それでも、それぞれの豆に合わせた火加減を教えて、まぁ、なんとか1年もいれば勘所がわかるようになります。ホールとキッチンが分かれているわけではないので、豆は全員が炊くんです。うまくいくときもあればいかないときもあるんですけど、甘煮を作ったり、あんこを炊いたり、塩大豆を作ったり、最近は味噌も作ったり、そういうことを楽しみながらやるという感じですね。

 でもお客さんも豆に馴染みがないですから、「私が炊いたんです」なんて若い女の子が言うと受けるんですよ。「あら、偉いわね」って。そういうことが励みになる。豆を煮ることはそんなに難しくない。ただ、時間がかかるというだけでね。それでもみんなやらないから、「渋谷の真ん中で豆を煮てるなんて、すごいわね」ってなって、なんか会話が弾むんですね。

豆のカフェを開いた理由

 それだけ豆というのは馴染みがあるけど馴染みがない食べ物なんです。知ってるようで知らない。ボクはそこが面白いと思ってマメヒコを始めました。

 マメヒコを始める以前、料理教室を開いていたことがあったんですね。料理好きの生徒さんがわらわらと集まって来る。あるとき、みんな料理は作るけど豆を煮たことは無いというんです。母親が豆を煮てる姿も見たことがないと。それに煮豆は甘すぎて、そんなに食べたくないと。そもそも、乾物の食品を戻して食べるという食習慣が現代にはほとんど無くなってしまいました。みんな口をそろえて、はっきり言ってめんどうくさいと。あぁ、料理好きにとっても、乾物を戻すというのはめんどうなことなんだと関心したんです。それで、自分でやってみたんです。豆を煮てみた。ところがそんなにめんどうくさくないんですね。戻すのに時間がかかるというだけで。ただ、外食が中心になってきている今の時代には、明日明後日の食事のために豆を戻すというのはハードルが高い。そして豆のレパートリーも甘く煮るくらいしか知らないとなれば作らなくなっても仕方がないと思いました。

 当時、小さなテレビの制作会社をやっていたんですが、ひょんなことからカフェをやろうと決めました。カフェはカフェでも、なにをやろうかと考えた時に、このめんどうくさいとみんなが思っている「豆を戻して煮る」という作業を店で肩代わりしたらみんな喜ぶんじゃないかと思った。豆は名前も面白いし、フォルムもきれいです。そしてなにより誰もやっていない。だったらということで、乾物豆のカフェをやることを思いついたわけです。

2018年6月15日貝豆

「豆」は哲学であり、売りではない

 実際オープン前に豆の料理やデザートを試作してみたんですけど、インパクトに欠けるんですね。非常に滋味なんだけど、地味なんです。これはいろいろ考えなくちゃいけないぞと思いました。豆に馴染みのない若いヒトに、豆を食べてもらうというのは難しいことだと。キャッチーで美味しい食べ物が、東京には溢れてるんですから。「豆は健康にいいんですよ、地味だけど食べてくださいね。」それでお客さんが食べてくれたら苦労しません。とくに今の若いヒトは食べ物に対して保守的です。豆を家庭で食べたことのない若いヒトに、豆を食べてもらうのは無理だと思った。だから「豆」という漢字を店名に入れないようにしたんです。「豆」という漢字が入り口にあったら、豆の持つイメージに引っ張られて、間口が狭まってしまう。ボクらにとって「豆」は哲学だけど、売りではないと。それで店名を「Mame-Hico」と「豆」を使わないようにしました。お客さんには「雰囲気の良いお店だな」とか、「駅前で便利だわね」とか、なんでもいいからマメヒコを利用してもらって、それで、いつの間にか「豆」を食べてもらおうという作戦にしました。

 カフェというのは自由なところがいいと思って始めたんです。自由こそがカフェの一番の魅力です。ただその分、核になるものがないと、なんだかわからない店になってしまう。それでマメヒコの核は「豆」だと。そこから感じるイメージとは、温故知新であったりとか、手間ひまを惜しまないことだとか、フェイクではない本物を提供するとか、自然や季節を大切にするとか。まめまめしく働くなんかもありますね。「豆」を使ったデザートにこだわるんではなく、そういう「豆哲学」というのかな、そういうメッセージをマメヒコのインテリア、接客、音楽、植栽、すべてに一貫させよう。そう思って続けていますが、なかなか難しいんですけどね。

在来種の豆との出会い

 店のオープン準備中に、自分たちで豆を炊いてみたものの、なかなかうまくいかなかった。それで、炊きあがった加工豆を定期的に仕入れられないかと、一大生産地である北海道の十勝に通いました。結果としては、豆は足が早いから(傷みやすい)豆のカフェなんてやめときなさいと、相手にされなかった。ただ、通ううちに、北海道の開拓時代の話や、不作の時に豆で生き延びたという話もたくさん聞きました。大豆には黒豆や茶豆などの色々な種類があること、そして小豆はショウズと呼ばれ、かつては赤いダイヤと言われ高値で取引されていたこと。インゲン類は様々な種類があり、ツルのあるもの無いもので、栽培方法も生産地も大きく分かれること。北海道に行くようになってそういうことを知ったんです。知らなかった豆のことを深く知っていくのは、とても楽しかったんです。開店してから3~4年経った時だったかな。「在来種の豆」というのを知りました。北海道の北見周辺で、在来種の豆を栽培しているという雑誌の記事に目が止まったんです。それまで使っていたものは道内、とくに十勝管内で作られていたF1種だったということも、その時知りました。読んで面白いなと思いました。北海道の在来種の豆というのは、ルーツが開拓時代にさかのぼるんだと。開拓者として入植してきた時に、故郷に想いを寄せ、ポケットに故郷の豆をしのばせてきたものがルーツなんだと書いてある。そして戦後、F1全盛になっても、味の良い豆は、女性たちが「美味しいから自家用に」と庭先で大事に育てていたものが、今もってわずかばかり残っているんだと。そのストーリーに惹かれました。

 それで早速、記事に書いてあった在来種の豆を取り寄せてみたんですね。炊いてみるとそれが柔らかくすぐ煮えて、味も良い。遠軽にある長谷川商店や豆農家の服部行夫さんとの出会いはそこからできたんです。(つづく)

2014年/豆類時報より

井川啓央
井川啓央
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