ハタケマメヒコのはなし②

今年で今の場所でのハタケマメヒコはひとまず終えます。紆余曲折あって、いまにいたります。
その経過をボクが豆類時報という雑誌にインタビューされた原稿がある(2014年)ので、ここでそれを紹介します。
その二回目。

ハタケマメヒコを始める

 ただですね。在来種を作る農家の方々と付き合ってみると、残念ながらみなさん元気だけれど、大層なご高齢なんです。豆の生産は採算ベースに乗らないからか、若い農家が始めることは難しく、極めてマイノリティーな存在なんですね。
 このまま行くと、近いうちに良質の豆が手に入らなくなるだろうなと危惧しました。そしてある年、それが現実になりました。北海道の遠軽の豆が悪天候で不作となり、うちに豆が入ってこなくなったんです。
 それで、渋谷にあるマメヒコで『緊急!!豆サミット』というイベントを企画して、遠軽の豆農家さんを呼んで、東京のお客さんに今の現状を話してもらおうと考えました。良い機会だと思ったんです。
 このイベントが、ハタケマメヒコをやろうと決意するきっかけになりました。誰だって、いまの東京一極の現状を憂いている。東京の消費者も、地方の生産者も、現状を直視すれば、このままではダメだという結論は同じになる。けれど、それに対して、なにか決め手となるアイディアがサミットで出たかと言ったら出なかった。
 小さな農家が生き残れない、日本の農業政策が悪いみたいな話になってしまいました。
 それはね、そうなんだろうけど、そんなテレビの討論番組で言っているようなことを小さなカフェで言っても、なんの意味も無いなとボクは会を終えて思いました。
 養老孟司さんの本だったかインタビュー記事だったか忘れましたけど、「東京と地方の労働者を流動化させないと、地方は地方で年寄りばっかりになっちゃうし、東京は東京であくせく働いてるだけで疲れちゃうから、行ったり来たりするのがこれからはいいんじゃないか。農業もそうしたほうがいい」というようなことが書いてあって、現実的な提案だという気がしました。これならマメヒコでもできそうだと。
 それで東京のマメヒコで働くスタッフが5月から11月は北海道に住んで畑仕事をして、冬になったら東京に戻ってまたカフェで働くというハタケマメヒコを始めてみようと思ったんです。

十勝・大樹町で始める(2010年)

 大樹町(北海道広尾郡)という南十勝の小さな町に、砂田正好さんというスーパーマーケットの社長さんがいるんです。この方がマメヒコを始めるときも、始めてからも、ほんとうに力になってくれました。北海道から豆を取引する上で大変力になってくれたんです。そういう付き合いから十勝でハタケになりそうなところを色々と一緒に見て回り、大樹町に1haくらいの土地を借りることができました。荒れ地だったので開墾に近いところから始めなくてはいけないんだけれど、とにかく贅沢は言わず実行に移さなくてはと思ったんですね。
 初めての農業体験だけれど、豆の生産ならやってやれないことはないなと思ったんです。それには3つの理由がある。
 ①栽培するのにそんなに手間がかからないこと
 ②根粒菌があるから肥料も要らないこと、
 ③乾物だから収穫と消費をコントロールできること。
 とくに③が一番大きいんです。
 ハタケではニンジンやカボチャ、とうもろこしも作っていますけど、食べごろが短すぎて東京の都合に合わせられないんです。
 たとえばとうもろこしは美味しくて人気があります。美味しくするために晴れた日の朝に収穫しますでしょ。だけどすぐに味が変わってしまうので、その日のうちにクール航空便で東京に送るとする。するとその時点で販売価格の大半は物流コストとなってしまいます。受け手の東京としても突然、とうもろこしを送って来られても困るんです。東京の都合とハタケの都合を合わせるのは余程コミュニケーションが長けていないと、どちらも不愉快になってしまう。
 その点、豆は乾物になりますから。乾燥してしまえば、翌年に持ち越したっていい。コンビニエンスなんですね。使う時は東京の都合で戻せばいいし、作り手も自分たちハタケの都合で乾燥豆を作ればいい。
 乾燥豆・乾物をモチーフにしたカフエ マメヒコをやってよかったと一番感じるのは、ハタケでできた豆を使う時です。

2018年6月15日貝豆

大樹町から千歳へ(2013年)

 大樹町のハタケマメヒコは、作物が育ちにくい土地でした。とにかく荒れ地を開墾したので、雑草が凄かった。豆も量が出来ないし、鹿が来て食べ尽くされてしまうことも何度も経験しました。採算を取るなんて論外で、一体何のためにこんなことやってるんだろうかと辛かった。近所の農家さんは、除草剤まかないとダメだ、農薬を使え、肥料を入れろ、と勝手なこと言うんですね。
 でもそれならボクらがやっている意味が無いんです。プロの農家がやるやり方をするなら、ボクらは市場で豆を買うのが一番コストがかからないんですよ。
 ここでの失敗体験をボクは店を通して伝えなくてはいけないと思った。それで色々とメニューにしたり、イベントを開いたり、伝える工夫をしてみましたが、それほど世間はボクらのハタケマメヒコに関心が無いことがわかった。それは意外でした。もっとリアクションがあるかと思ってました。
 端的に言えば、東京と北海道の距離の差以上に、生産者と消費者の意識の差がすごく大きくて、これを埋めなくてはどうにもならないなと思ったんです。農業をファッション的に取り上げるメディアはたくさんありましたが、あくまで一過性のブームとしてとらえている。ボクらがやっているハタケマメヒコの苦悩を、受け手であるお客さんに自分のこととして考えてもらえなければ、所詮、他人事に過ぎないんだと。
 大樹町で3年目を終えたときに、もうやめようと思いました。両者の意識の差を埋められる手立てがなくては、これ以上続けてもどうにもならんと。大樹町のハタケマメヒコでは無理だと思ったんです。
 そんなとき、たまたま千歳でやらないかと声がかかったんです。
 有機でやっている1haの農地があって、老夫婦が自家菜園として使っていると。ただ歳を取ったので、誰かやるヒトがいるなら貸してもいいよと。まさに渡りに船でした。千歳空港から車で15分という立地ですから。それだけでポテンシャルは充分に高い。
 そうして4年目のハタケマメヒコは千歳・駒里でスタートしました。千歳に移ってからは、豆やカボチャの収量も劇的に増えました。去年は店で使う1年半分の豆が採れました。さらにお客さんが自腹で東京からハタケに来て手伝ってくれるようにもなったんです。今年は述べ50人くらいのお客さんが2日間手伝ってくれました。東京で働くOLやサラリーマンが週末に来てくれたんです。これは本当に大きな労働力でした。
 ようやくハタケマメヒコを中心としたコミュニティ、現代の参勤交代にちゃんとなったわけです。ただ単に運が良かっただけですよ。最初からこうなるだろうとは誰も思ってなかった。なったらいいなとボクはうっすら思ってましたけど。ならなくてもそれは仕方ないとも思ってましたから。ただ、続けていたら、たまたま運良く、今の形になったというだけですから。

なんの豆を栽培するのか

 ボクらの専用のハタケですから、ボクらが使う豆を、使う量だけ作ることが原則です。
 小豆は大粒の大納言、黒豆、色がきれいな紫花豆、それと前川金時、貝豆、黒千石といった在来種を作りました。全部合わせて1トン近く採れました。東京の3店舗で使うには充分過ぎる量です。
 作るのに手間がかかるのは、インゲン類の貝豆や花豆です。支柱を立てたり抜いたりというのが本当に手間なんですよ。支柱を3本まとめてゴムもしくはヒモで留める、この作業をするのに人手が要るんです。今年はお客さんにやってもらって助かりました。前川金時は支柱を立てないでやってますけど、やっぱり雨が降ったりすると倒れてしまうんです。結果として収量が減ってしまう。だからといって支柱を立てる手間を考えると、前川金時のために支柱を買い足すというのもちょっと考えてしまいます。
 自分たちにできることとできないことを状況によって見極める経営者的な視点が無いと、農業というのは一人でやることが多いからついつい頑張ってしまって、自己満足に陥ってしまうんです。けど黒豆と紫花豆を比べて紫花豆のほうがずっと手間がかかってるんだと言っても、お客さんにとってはどちらも黒っぽい豆でしかないですから。

マメヒコがハタケを続ける意味

 成果だけを尺度にするなら、ハタケマメヒコなんてやめた方がいいに決まってます。結局、農業というのは天候相手ですから、一生懸命やっても天気次第。頑張ったから報われるというものではありません。ただ、それはカフェだって同じですよ。結局お客さん次第ですから、似たようなところがある。成果だけを考えるなら、そもそもカフェなんてやめたほうがいいということになってしまいます。日々の観察と実行を繰り返すことで、せめて取り返しの付かない事態にはならないように軌道を修正していくことが大事なんですね。ハタケマメヒコをやっていく中で、運が大事、誠実さが大事、継続が大事、そして、オロオロしてもどうにかなるものでもないということを教わりました。
 ハタケマメヒコがもしダメになったら?普通に豆屋さんから豆を買えばいいだけですよ。ハタケを始める前は買っていたわけだから。
 人間の気まぐれを相手にするカフェも、自然を相手にするハタケも、どちらも目に見えないものを相手にしてるんですから「遊び」が大事です。「遊び」という言い方に抵抗があるなら「余裕」と言い換えてもいい。
 ハタケの豆を見てると、本当に合理的だと思います。どんなトラブルがあっても、有機的に臨機応変に対処していく。結局「豆」というものは生命力の塊なわけでしょ。どんなものでも魅力あるものは生命力なんじゃないかと思う。だからマメヒコもね、「豆」にあやかって生命力のあるカフェでありたいなと、ハタケに立つとそんなことを思ったりします。

2014年/豆類時報より

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