編曲家であり、中島みゆきさんのプロデューサーでもある瀬尾一三さんが、
井川さんとの他愛のない話しのなかで、
普段どのように音楽とかかわっているのかをお話しています。
瀬尾さんは、「音楽を使い捨てられるものにしたくない」、
という思いで長年やってこられました。
けれど、その音楽観、仕事観、そして生き様を、ほとんどお話になって来られませんでした。
それは、なんとなくそういうことを口にしてしまうことで、
なにか本質的なものから離れてしまうような気がしたからです。
けれど、このラジオは、ほんとに他愛のない、ゆるーーいはなしばかりですから、
その中で、さすがの瀬尾さんも油断して、時折、キラリと光る良いことを仰ってしまうのです。
そんな瀬尾さんの話しがラジオになっています。

瀬尾一三プロフィール

1947年9月30日生。
兵庫県出身、音楽プロデューサー、編曲家、作曲家。
1969年フォークグループ「愚」として活動。1973年ソロシンガーとしてアルバム『獏』をリリース。同年に今作品収録曲『落陽』が録音された「LIVE’73」を吉田拓郎と共同プロデュース。
その後、中島みゆきをはじめ、吉田拓郎、長渕 剛、德永英明 他、今作品に収録された日本のポップス、ロックシーンの黎明期から現在まで燦然と光輝くアーティスト達の作品の編曲アレンジやプロデュースを手掛け、中島みゆきに於いてはコンサート、『夜会』、『夜会工場』の音楽プロデュースも努めている。

SEO vol.166 吉田拓郎「遥かなる」

過去の「ラジオ瀬尾さん」でもたびたび触れられる、吉田拓郎さんとの40年にわたるお付き合いについて。
1975年につま恋にて開催された野外コンサートは、元祖夏フェスとも呼ばれる伝説のイベントだったそうです。
今のように毎週末どこかで夏フェスが開催されるような時代とは違い、屋外で、オールナイトで催される音楽イベントはとても珍しく、運営も初めてのことばかりで手探りだったのだとか。
でも、アーティストもスタッフも当時はまだ20代で、若さというパワーで乗り切ったそうです。
このイベントこそ、音楽業界での新しい興行のあり方を開拓したと言ってもいいでしょう。

今年は、コロナの影響で数々の夏フェスが中止を発表しています。
屋外とはいえ、多くの人が集まるので、リスクを考えてのことでしょう。
でも、何もできないと諦めたり、「大変だ」「不幸だ」と嘆くばかりではなく、この八方塞がりの状況だからこそ、飛び抜けたアイデアで苦境を乗り切ることはできないでしょうか。
誰もやったことがない屋外イベントを成功させた吉田拓郎さんのように、これまでにないやり方で新しい音楽の楽しみ方が生み出せるかもしれません。
もちろん、他の業界だって同じことです。
最初から「ダメだ」と思考停止せず、「ピンチはチャンス」と捉えてみて初めて、想像もしなかった世界が広がるものなのかもしれないのです。