流石に鈍感なヒトでも世の中ちょっと変わってきたなと思っているんじゃない?
こういう時代に、ボクが必要だと思うのは良識と信仰だと思うんだよね。
良識と信仰はボクからすると一緒で、信仰心がないヒトは良識は持ち得ないんじゃないかな。
ボクは良識と常識は違うと思っていて、常識は世間一般の常となっていることで、良識かどうかは別。良識はある1つの哲学、思想的なもので良い悪いと言う判断が含まれている。良識の反対が悪識だとすれば、悪識が常識となっている時代っていうのは、いくらだってあるよね。
ボクは平成の時代はある意味悪識が常識になっていく過程だったという気がしていて、いよいよ今、悪しき考えになってきていると思う。
それにはボクなりの分析があって、スマホ、SNSが出てきて、正しい情報と間違っている情報が同時に手元に流れるよね。大手メディア含めて情報が溢れる中で、これを信じていれば間違いないというものが崩れている。
SNSでも自分の中で取捨選択しなきゃいけないし、人口が減少し、働き手が減って、税収が減って、そこに移民を入れ、インバウンドも含めて入れようという流れの中、日本人同士助け合っていかないとやっていけない、より危機感が増すというマインドになるんじゃないかな?
多くのヒトは生活に余裕がなくて、ニトリやダイソーだのに頼り、とにかく今生きるのに必死。そこに持ってきてこの夏は猛暑とか、地震、感染症、戦争が起きている中で、何を信じていいかわからない、情報の裏をとることがわからなくなっている。
そんなことよりは、あたりまえの日々の生活、嘘をつかないもの、ヒトを信じたいということがあると思うんだよね。
うちのスタッフもおじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられた経験から、おばあちゃんはちゃんとしてたから、自分もちゃんとしたいというのがある。
誰も見ていなくても自分を律し正しく行動したい、成長したいという信仰心に囚われているわけ。
人智を超えた存在を信じないと、自分の損得だけでは良識は持てないし、ヒトが道具のように扱われると共同体は弱くなるよね。
そうすれば世の中はどんどん厳しくなって、存続が厳しくなるんじゃないかな。
なので、これからは良識の時代なんじゃないかなと思いますね。