シリーズ 『おやつが好き』2

井川「昨日に引き続き、クルミドとマメヒコのスタッフに、
おやつのはなしを聞いています。それでは、はいそこのあなた」

「母は普段は道端のよもぎを摘んでお団子をつくってくれたり、
甘辛いおしょうゆ味のすいとん団子、今思うとみたらし団子ですけど、
和菓子をよく作ってくれていました。
できたての温かいものをいただくのはそれはそれで嬉しかった。
けどケーキとなると別格で」

井川「うん」

「お誕生日にいつもバースデーケーキを焼いてくれたの。
ケーキっていうのは特別な感じがして、
オーブンを何度ものぞいてわくわくしてました。

おいしそうなスポンジケーキが焼けて、
生クリームをぬって
イチゴを飾って。

お誕生会に集まってくれたお友達にふるまってくれるんです。
ロウソクをのぞいて母がみんなにケーキをカットしてくれる。

すると母が「あれ?」というんですね。

「とりあえず食べてみて」と。
きれいに切られたケーキが配られて、食べるんだけど、
フォークを刺すとなんだかおかしい。
スポンジの下がとっても固いの」

井川「ははは」

「とっても食べられたもんじゃない。
下の固いところだけがみんなのお皿にしっかり残されてて、
もうはずかしいったらなかった。
母に言わせれば、オーブンの調子がたまたま悪いんだそうだけど、
結局、ただの一度も、
下までふわふわのスポンジケーキに出会えたことはありませんでした。
大きくなったら、ふわふわのスポンジケーキが焼けるようになりたいと
幼心に決心しました」

井川「子どもっていうのはスポンジケーキが好きだからね。
お母さんもスポンジに挑戦して喜ばせてあげたいんだけど、
スポンジの決めを細かくする泡立てやら、火加減が意外と難しい。
マメヒコでもショートケーキやロールケーキをやるとき、
どうしても作り手によってこのスポンジのできが変わってきちゃうから、
スタッフ力が低いときはスポンジをメニューから外しちゃうんだよね。
これは毎日やっててもなかなかうまくならない。

そういう意味ではバターケーキの方がおやつとしては失敗が少ないよね。
ほかにお母さんのおやつが思い出に残っている人は?」

「はい。
母親は、料理やお菓子を作るのが不器用だったみたいで、
結婚してから料理教室に通い、
お菓子や家庭料理の作り方を覚えたとよく言っていました。

小さい頃から本棚にきれいに並んだNHKの家庭料理のテキストや
料理の写真を良くめくっていました。

子どもを喜ばせたい。きっかけはすべて親心だったんですね。

特別手の込んだことをするということはなくて、
ホットケーキミックスを使ったホットケーキとか、
ドーナツミックスで簡単にできる揚げドーナツとか…。

子どもだったわたしは、混ぜたり、型を抜いたり、
焼けたケーキの表面をこっそり触ってみたり、
鼻を近つけてかいでみたり、
早く食べたーいと走り回ってみたり。

そんな記憶の中でいちばん思い出深いのは、
やっぱり焼きっぱなしのスポンジケーキ。
誕生日やクリスマスのような特別な日ではなくても、
しょっちゅう焼いてくれました。

いつも突然作り出して、台所のほうからカシャカシャカシャカシャ。

そのテンポの良い音が聞こえてきたら、あっ!お母さんケーキ作り始めた!

と遊びもほったらかし、すぐに台所のほうへ駈けていきました。

ハンドミキサーなどの電化製品は家庭になくて、
泡立て器でまずは卵とお砂糖を泡たててましたね。

卵、砂糖、粉、バターだけでできる焼きっぱなしのケーキは、
子供ながらにすごく興味がありました。

「最初の泡立てがとっても大事よ」、
「粉は混ぜすぎちゃだめなの」とよく言っていました。

型に紙を敷いたりするのは私の役目で、
生地を型に入れる時は、わたしだとこぼしちゃうからお母さんしかできない
と思っていて。

焼いている間はオーブンのガラス窓に張り付き、
ふくれ上がってくるケーキ飽きもせずにずっと眺めていました。

「オーブン熱いから触っちゃだめよ!」ともよく言われました。
ボールに残った生地をこっそり舐めるのも楽しみの一つでした。

焼きの途中にオーブンの扉を開けてケーキがしぼんでしまうことも。

焼けたらすぐに型から出さないとしぼんでしまうことも、
思い出してみれば、4、5歳の時に教わりました。

焼き上がったドーム型をしたスポンジケーキの、
焼きたてのにおいと、つるっとしたした焦げ茶の表面に触れたくて、
いつもケーキの近くから離れませんでした。

母親の作る焼きっぱなしのスポンジケーキは必ずといっていいほど
熱いうちにみんなでフーフーしながら食べました。

デコレーションなんて手の込んだことはしませんし、
包丁でさくっと切ってリプトンの紅茶とともに食べました。

ふわふわで熱いから卵の香りがして、
あっという間に食べてしまう焼きっぱなしのスポンジケーキ。
「また作ってね。今度は最初の卵割るとこからやらせてね!」
そう言っても決まって、次もテンポの良い泡立ての音がして、
慌てて台所に駈けていく小さい頃の私でした」

井川「ふーん。実に細かく覚えてるね。
焼けたらすぐに型から出さないとしぼんでしまうと4、5歳の時に教わった
っていうのはすごい。
親の影響というか教育のたまものですね。
三つ子の魂百までという感じがする。
女親というのはやはり娘に、なにかを残したいと思うものなんでしょうか。
お母さんから何かを教わったよ、というのあるひと?」

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