わかりやすい味について

外食に対して抵抗はないのだけれど、

味が濃いものは、わりとすぐ食べ飽きてしまう。

台湾に来て一週間外食が続いている。
相当食べ飽きているんでしょう ・・・・?

というと、案外そうでもない。

茶農家を訪ねてることが多いので、レストランにはあまり行かないからです。

昨日は台湾の山奥にある文山包種を作る茶農家を訪れた。

山間にきれいな川が流れる風光明媚なところである。
中腹に住む小さな家庭で昼食をごちそうになった。

台湾の田舎に行くと大概そうなのだけれど、
円卓に食べられないくらいの数と量の食事が並べられる。

昨日のお昼のメニューは、

庭先で飼っている地鶏をゆでたもの、
そしてそのスープ、
川で採った川魚の唐揚げ、
手長海老の唐揚げ、
竹の子の煮物、

竹の子らしきものをゆでたもの、

小さなハマグリ(らしき貝)と瓜のスープ煮
細アスパラと豚肉の炒め煮、
ほかにもあったけれど多すぎて忘れました。

こういう食事の話しをすると、

うわー、素敵、わたしも行ってみたーい、食べてみたーい。
と口に出すのは日本人の悪いところとですよ、という話しをします。

こういう類のものは実はそれほど美味ではないのです。
どれもどこかぼけたよう、泥臭い味なのです。
だから、きっと、連れてきてあげてもいいけど、
すぐに、もうお腹いっぱい、もういい。と皿に残すに決まっている。

ボクら一行もこういう家庭料理は、
いつも申し訳ないくらい残してしまいます。

ボクは大好きですけど。

もう少し都会のきちんとしたレストランに行けば、
ばっちり味の決まった、誰が食べてもおいしいものが出てくる。

たとえば卵焼きを比べると分かります。
飯店でも出しているバジルの卵焼きは

台湾の家庭料理からヒントを得たものだけれど、
台湾の家庭で出される卵焼きは、卵と強めの塩とバジルの味がします。

素材の味しかしないとも言えますね。

でもレストランで出てくる同じそれは、ほんのりと良いお味が付いてる。
ごはんのおかずになる、金の取れるおいしさなんですね。
これは卵にきちんと中華調味料を混ぜて焼いているからです。

マメヒコ飯店でも「家庭料理」を積極的にやってほしいわと

お客さんにたまに言われるんですね。

けれどシンプルな家庭料理は、もはや今の日本では受けません。

端的に言えば商売にならない。

肉じゃが、コロッケ、ハンバーグやメンチカツ。

こういう味の濃い家庭料理はみんな喜びますよ。

けれど、さっぱりとしたナスの塩もみ、きゅうりに辛味噌を塗っただけのもの、

さっと焼いた魚。

こういうのは受けないんです。

こういうことはマメヒコでも何度もやってるんです。でもダメなんです。

家庭料理といえども各家々で何を食べてきたかで大きく違うわけだから

家庭料理という言葉そのものがイメージでしかない。

台湾にもファースフードやコンビニの波が押し寄せています。

悲観的に思ってるわけではないです。

ただ。

ただね。

商売にとって、わかりやすい。ということは避けて通れない道なんです。

だから、台湾も商売の波に飲まれていけば、瞬く間に細かな味わいを消して、

わかりやすい町になってしまうんだと思います。

そして、そのわかりやすい町のわかりやすい味が、

次の台湾の家庭料理になるとき、

もうだれもこの泥臭い川魚は食べないんだろうと。

そんなことを少しだけ思ったのでした。

Archive
カテゴリー