「諦めてこそのスタート」

事業というのは始めてみるまでは、
その全体というのは、
おぼろげでよくわからないものです。

いざ始めてみてやっと、
その事業の持つ輪郭というものが、
うっすらとわかってくるもので、
しまったと思っても始めているので、
おいそれと引き返せるものでは
ありません。

その輪郭を、定めと、
言い換えてみるとします。

ボクがやり始めた喫茶業なるもの。
その定めとやらが、
どうもやっと10年続けてみて、
わかってきた気がする。

世の中はいつの世も、
刻一刻と変わり続ける。
いまはとかく変化が速いと騒ぐけれど、
いつの時代も、常にこの世は
様変わりしているのだと思う。

さて喫茶というもの。
どう考えても、移ろいやすい
性質の事業に決まっている。
ボクはこれを始めて十余年。
どんなときでも、すやすやと
ぐっすり安心して眠ったという
記憶はありません。

お客さんが来ないときは、
しんしんとからだの奥から
冷える思いで眠れなかったし、
お客さんが来てくれたらそれはそれで、
常に天手古舞とはこのこと、
朝から夜まで洗っても洗っても
減らないお皿に、クタクタになって、
それはそれで眠れなかった。

そういうと、すぐ良いとか悪いとか、
そういうこというヒトが要るけど。
違うの。

これすなわち、
そういう定めの業種を
選んだということなのです。

喫茶業は儲からない割に、
最初に、大きな投資資金が要ります。

都心でやれば、
不動産取得にも大きなお金が要る。
手持ちなどないですから、
数千万円、時として億というお金を、
銀行から借りて始めるわけです。

運よく借りられたとして、
そこからは毎月の売り上げが、
立とうが立つまいが、
返済、返済、また返済の
日々が待っています。

さらに家賃、スタッフのお給料、
ツケで買わせていただいている材料費。
払い終わったらすっからかん
なんてことはざらで、
自分のお給料など、
後の後回し、というものです。

そういうとまた、
良し悪し言い出すヒトが
おられるのもわかる。

支払いを減らそうと、
店にひたすら立っていれば、
それはそれで、
世間が変わっていることに疎くなる。
常に外も見て、中も見て、
それでも見きれなくてという毎日です。

もしかしたらこれね。
ボクのやり方がまずいのかと、
試行錯誤やってみるんですね。

けれどここに来て、
ようやく分かったのです。
ボク、ちっともまずくない。
これはもうね、あなた。
この仕事の「定め」なのよと。

どんな仕事であれ、
そういう「定め」なるものが
あるんだと思います。
その「定め」を嘆いてしまっては
ダメなんですね。

たとえば。
バイオリンはどうすれば、
どういう音が出るのか。
わかりにくいといえば
わかりにくい楽器です。
比べて、ピアノは、
とても分かりやすい。

そんなこと当たり前でしょう。
バイオリンはバイオリンとしての
「定め」がある。
それをバイオリニストは諦めるのです。
そうして、バイオリンを愛するのです。

ボクに言い換えるのなら、
マメヒコの定めに対して諦めるのです。
そのうえでマメヒコを
愛するほかないのです。
誰がなんと言おうと、
マメヒコと一蓮托生なのはボクや、
共に働くスタッフなのです。

簡単に正しい音が出る
バイオリンを作れば
いいじゃないかという意見は乱暴だし、
バイオリンを愛しているヒトに
とっては不愉快でしょう。
バイオリンを愛したものだけが
出せる音色があるんであって、
ヒトはそういう愛にこそ
感動するんじゃなかろうかと。
そんな風に思うのです。
ボクらの仕事に愛はあるのだろうかと。
センチメンタルなことを
考えたりするのです。

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