編曲家であり、中島みゆきさんのプロデューサーでもある瀬尾一三さんが、
井川さんとの他愛のない話しのなかで、
普段どのように音楽とかかわっているのかをお話しています。
瀬尾さんは、「音楽を使い捨てられるものにしたくない」、
という思いで長年やってこられました。
けれど、その音楽観、仕事観、そして生き様を、
ほとんどお話になって来られませんでした。
それは、なんとなくそういうことを口にしてしまうことで、
なにか本質的なものから離れてしまうような気がしたからです。
けれど、このラジオは、ほんとに他愛のない、ゆるーーいはなしばかりですから、
その中で、さすがの瀬尾さんも油断して、
時折、キラリと光る良いことを仰ってしまうのです。
そんな瀬尾さんの話しがラジオになっています。

瀬尾一三プロフィール

1947年9月30日生。
兵庫県出身、音楽プロデューサー、編曲家、作曲家。
1969年フォークグループ「愚」として活動。1973年ソロシンガーとしてアルバム『獏』をリリース。同年に今作品収録曲『落陽』が録音された「LIVE’73」を吉田拓郎と共同プロデュース。
その後、中島みゆきをはじめ、吉田拓郎、長渕 剛、德永英明 他、今作品に収録された日本のポップス、ロックシーンの黎明期から現在まで燦然と光輝くアーティスト達の作品の編曲アレンジやプロデュースを手掛け、中島みゆきに於いてはコンサート、『夜会』、『夜会工場』の音楽プロデュースも努めている。

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今の仕事は子供時代の経験からつながっているのではないか?
子供時代の自分に支えられているのでは?
…そんなお便りが届きました。

瀬尾さんが子供の頃は、親の転勤のため2年ごとに各地を転々としていたのだそうです。
そんな環境では、友達と深く付き合えばすぐに辛い別れを迎えてしまうため、自然と一人で過ごす時間が増えたと言います。

ぼーっと空想するのが好きだった瀬尾少年は、絵を描いたり、文章を書いたりと、頭の中のものを誰かに伝えようと表現しようとしましたが、たまたま手にしたアコースティックギターで音楽に目覚め、自分で曲を作るようになったのです。

そんな経験が、今の瀬尾さんの仕事につながっていることは間違いないでしょう。
たまたまギターをきっかけに音楽を始めましたが、与えられたのが違ったものであれば、今頃は小説家や絵描きになっていた可能性だってありそうです。
過去を振り返れば歩んできた道は1本につながっているかもしれませんが、子供が未来を見つめるとき、そこには無数の可能性が広がっているのです。

 

<お知らせ>

番組内でみなさんから頂いたお便りをご紹介しています。
曲のリクエストやラジオの感想、日々のエピソード、瀬尾さんに聞きたいことを募集中です。
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