編曲家であり、中島みゆきさんのプロデューサーでもある瀬尾一三さんが、
井川さんとの他愛のない話しのなかで、
普段どのように音楽とかかわっているのかをお話しています。
瀬尾さんは、「音楽を使い捨てられるものにしたくない」、
という思いで長年やってこられました。
けれど、その音楽観、仕事観、そして生き様を、
ほとんどお話になって来られませんでした。
それは、なんとなくそういうことを口にしてしまうことで、
なにか本質的なものから離れてしまうような気がしたからです。
けれど、このラジオは、ほんとに他愛のない、ゆるーーいはなしばかりですから、
その中で、さすがの瀬尾さんも油断して、
時折、キラリと光る良いことを仰ってしまうのです。
そんな瀬尾さんの話しがラジオになっています。

瀬尾一三プロフィール

1947年9月30日生。
兵庫県出身、音楽プロデューサー、編曲家、作曲家。
1969年フォークグループ「愚」として活動。1973年ソロシンガーとしてアルバム『獏』をリリース。同年に今作品収録曲『落陽』が録音された「LIVE’73」を吉田拓郎と共同プロデュース。
その後、中島みゆきをはじめ、吉田拓郎、長渕 剛、德永英明 他、今作品に収録された日本のポップス、ロックシーンの黎明期から現在まで燦然と光輝くアーティスト達の作品の編曲アレンジやプロデュースを手掛け、中島みゆきに於いてはコンサート、『夜会』、『夜会工場』の音楽プロデュースも努めている。

SEO vol.251 岡田奈々「青春の坂道」

仕事や家庭のことなど、長年にわたって心血を注いできた人は、どこかのタイミングで「やり切った」という感覚を得ることがあるそうです。
それは、自分はできるときに十分にやってきたという満足感と納得感とも言えそうです。

では、どんなタイミングでやり切ったと感じるのでしょうか。
仕事で大きなことを成し遂げた瞬間や、子育てが終わったあと、病気や怪我などでやむを得ず第一線を離れることになってしまったときなど、人によって事情は様々です。

音楽の世界で走り続けてきた瀬尾さんも、自粛生活を強いられ、思うように身動きが取れない中で、「もう、やり切った」と「まだまだできる」という両方の気持ちが入り混じっているのかもしれません。
それでも少しずつ仕事に向かい、気力をふるって「まだまだできる」を続ける瀬尾さんなのです。

 

<お知らせ>

番組内でみなさんから頂いたお便りをご紹介しています。
曲のリクエストやラジオの感想、日々のエピソード、瀬尾さんに聞きたいことを募集中です。
ぜひ、お便りをお寄せください

お便りは

こちらのフォームから送信
・info@mamehico.com宛てにメール
・コメント欄(このページの下の欄にあります)に記入
・〒154-0004 東京都世田谷区太子堂4-20-4 カフエマメヒコ ラジオお便り係宛に郵送

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齋藤 るる
齋藤 るる
21 days ago

2回目の視聴です。前回、10日前の放送を初めて聴いて、瀬尾さんのお声、話され方、似顔絵が、とても懐かしい感じがしました。リクエスト曲の「風のまち」も、とても懐かしく拝聴致しました。

そのあと、「ラジオ瀬尾さん」を聴くにはどこから入るかわからなくなり、2回目の視聴が今日になってしまいました。
瀬尾さんと井川さんのやりとりが、飲み屋さんで話しているのを聞くみたいにたのしく、声を出して笑いながら聴きました。

なにげない、たのしい会話から、人生を教えてもらっている感じ、たまりません。

私は瀬尾さんより、13年下、それより13年下が井川さん、という計算になるかしら。

「ラジオ瀬尾さん」、これからもたのしみにしております。岡田奈々の「青春の坂道」も、懐かしかったです。

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