7月1日で20周年

今年の7月1日でMAMEHICOは20周年なんですよ。

三茶店のお店はもともと、大家さんがやっていた「モーニンググローリー」という名前のカフェでね。

ニューヨークから帰ってきてテレビの会社を作って、それから3年。テレビが面白くなくなっちゃって、これからどうしよかと思っていた時に、一緒に働いている子が自分はいずれカフェをやりたいんだと言うので、「へぇー」と。

そこでカフェという最初のスイッチが入ったんだよね。

これは誰にも言ってないことだけどね。

札幌のボクのおばあちゃんは東京の老人ホームに行き、札幌の家が空き家になるから両親が住むことになった。そこにはおじいちゃんが作った木造の物置小屋があって、ボクが小さい頃の記憶ではその小屋でおじいちゃんはいつも木工作業をしていた。おじいちゃんは物理の先生で大工仕事をそこに籠ってやるのが好きだったんだよね。

そこは刃物類が多いから子どもは行っちゃいけないと言われてたけど、ボクはそこによく出入りしていてね。おじいちゃんのクラフト工房という位置付けだった。

その後、おじいちゃんも亡くなって、自分の親がそこを引き継いだけどガラクタ置場になっていて不憫に思ったんだよ。

おじいちゃんのささやかな聖地に、ガラクタを詰め込んで平気でいられる無神経な自分の親や叔父さんたちを見て、憤懣やるかたない気持ちがあって、二週間くらい一人でそこに籠って、その物置を片付けてちょっとした書斎みたいにしたわけ。

それがおじいちゃんへの弔いになっていたのかな。

自分の今後を見つめる機会になって、その時、なんで日本はこんなふうになっちゃったんだろう?というのをすごく考えた。

なんとなく社会は平穏だけど抜本的なところには手を入れないという対処療法みたいなことに世の中全体がなっていることに対していつも違和感があった。

間違いなく、あの時におじいちゃんの物置小屋を片付けてなければやってないというのはある。

その中でカフェやってみようと思ったんだよね。

続ける気もなかったけど、始めたものをやすやすとやめるみっともないことはしたくないと思っているうちに、気づいたら20年経っていた。

そうだね、あの、物置小屋の体験がMAMEHICOの原点なのかもしれないね。

Archive
カテゴリー