後悔はしていないという欺瞞

後悔はしていないという欺瞞

「後悔していません。」と言い切るとき、それはなんとなく後ろめたさがあったり、劣勢であったり、自信が無かったりするときなんじゃないか。後悔にはタームがある。仮に今日後悔していなかったとしても十年後はわからない。後悔は結果が出たときにわかるもので、結果というのはわかるまで時間がかかるものだから。まだ結果が出ていないうちから「後悔していません。」と言い切るのは自分に対する欺瞞だ。

たとえば、部活を頑張って受験に落ちてしまったニキビ顔の十八歳。受験に落ちた彼が、落ちてすぐに「後悔していません。」と言い切ったとする。受験に落ちたことがどういう意味を持つのか、すぐにはわからないのだから、落ちてすぐに「後悔していません。」と言い切ることはできないはずだ。ではなぜ言い切るのか。それは「ほらごらんなさい。だから失敗したのよ。」という声に対して「うるさい放っといてくれ!」と思うからだろう。本当は心の中がモヤモヤしたままなのに。

これを若い子がやるならいいけど、いい年した大人がやっているとなると、いたたまれない。人間ってそんな簡単に割り切れないから。だから、「なんかモヤモヤしてる」という言う人のほうが信用できる。

要は「後悔していません。」と言い切ることは自分を欺くことなのである。そうしていると、だんだん自分を信じられなくなってくる。そして自分を信じられない人は脆い。

「後悔していません。」と言い切ってキッパリ前向いて歩いていく。これがドラマや歌詞の中の出来事だったらそれは美しい。だけどホントの人生はわりかし長い。わりかし長い人生において、自分を欺くことによって得た前向きさは、案外脆いような気がしてならないのですが、どうでしょうか。

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