マズローの欲求五段階説
人間の欲求には五段階あって、下から上のピラミッド型に欲求があるとマズローが言ってます。 最初に、ご飯を食べたいとか寝たいとか「生理的な欲求」がある。これが満たされると次に、寝てても誰にも攻撃されないとかの「安全の欲求」となる。 次には、社会での立場を欲したり、社会の一員であることを望むという「社会的欲求」がある。その次に、誰かに認められたいという「承認欲求」があって、最後には自分が思い描いている理想やビジョンを実現させたいと願う「自己実現欲求」というのがある。こういう五つの欲求が、ピラミッドのように積み上がっているんだとマズローは言っているわけね。
僕が若い子たちと付き合ってて押し並べて思うことは、日本では「生理的欲求」「安全の欲求」が担保されていても、「社会的欲求」が満たされてないということ。働いてお金を稼がないと東京では生きていけないから、自分が代替可能な存在になりがちだね。とすると、自分が社会の一員であるという感覚が非常に希薄なんじゃないかと思う。そもそも「社会的欲求」が満たされてなかったら、SNSでいくら「承認欲求」が達成できても実際はそうでもないもんね。ということは「社会的欲求」のところから崩れてる。
連続ドラマ「ノッテビアンカ」はそういう「社会的欲求」に着目して作っている。システムではない形で自分でできることはないのか、それを活かしたい、という人間の持ってるこの気持ちこそが「社会的欲求」だと思う。この欲求をなんらかの形で結実させたいという思いが、ノッテビアンカだったりマメヒコなんだと思う。とすると、あなたはここにいていいんだ、というメッセージが社会そのものに大きく欠落しているんじゃないかな。皆さんはいかがお考えでしょうか。