タンチョウ鶴

タンチョウ鶴

以前、北海道をよくバイクで走っていた頃、タンチョウ鶴を何度か見かけていたので、タンチョウ鶴にはなんとなく思い入れがあります。

頭の上が赤くなっていて、頂が丹(赤)であるという事からタンチョウ鶴というらしいんだけどね。

ボクは鶴というのは渡り鳥だと思っていたんだよね。飛ぶ姿が優雅でね、神々しい感じがして、何回か出会ったけど、その記憶が鮮明にある。

でも、タンチョウ鶴をウィキペディアで調べたら、ちょっとびっくりしたことが書いてあったんだよね。

北海道の東部に生息しているタンチョウ鶴は、ここ数年、種の保存のために餌付けされていていると。釧路の湿原のあたりで、餌付けされている。タンチョウ鶴は、夏の間は北海道じゅうに散らばっているらしいんだけど、冬になると、覚えていてここに来る、と。

真偽のほどはわからないけど、なんかちょっとショックでね。知らない所から飛んでくる神聖な鳥だと思っていたし、鶴は千年というけど、その死体を見ないのも渡り鳥だからだと思っていた。

こういう種の保存の問題は、ボクは興味があってね。餌付けでもしなければ、食べるものがなくなっちゃってるくらい、環境破壊が進んでいるということなのかな。水源に魚がいなくなっているということなのかもしれない。

鶴は神々しい、天皇陛下、帝のようなイメージもあり、邪見に扱えないという事から、餌付けされている。そして、さらに鶴が餌を食べやすいように水路を作っていると書いてあった。

そういうことはとても偉いと思う一方で、鶴は自然の神様が作った奇跡と思える様な美しい鳥だと思っていた井川少年が、実は手厚くされている事を知っちゃったショックというのかな。なんかこう釈然としない。タンチョウ鶴はもっと凛としていて欲しかった。

ボクはこの事を知って以来、鶴と聞いても、過保護な御曹司、坊ちゃん、自分じゃ何にも出来ないやつという別なイメージが湧いてきちゃって、ちょっと困っています。

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