知人で医師の彼が、
ボクに会いたいと言ってきたので、
店で会いました。
いつもとは違った様子でした。
そして、こんな風に彼はつぶやいたのです。
「かなり稼いだんだ。
うんと。うーんとだ。
だけど虚しい。
それを誰もわかっちゃくれない。
金があれば幸せでしょ。
立派な仕事をしてお幸せですね。
才能、運、金。みんな揃ってると、
キミもワタシのことを思うか?
いいか、ただワタシは虚しんだよ。
果たして、この虚しさはなんなのかね。
ワタシはなぜ虚しいのだ。
キミならわかるだろう」
怒ったようにボクをにらみつけると、
白いヒゲをなでました。
薄い珈琲カップを唇に近づけた彼は、
多くを語らず、ひどく疲れているように見えました。
あとはボクがなにを話そうとも、
ろくに反応もしませんでした。
そして最後は、いつものように、じゃあな、と帰っていきました。
いつもそうだけど、今日はとりわけ、
彼の背中は寂しそうに見えました。
彼は名だたる病院で働く、頭脳明晰の医師です。
年老いても仕事はいくらでもあるようでした。
どんな複雑な病気も、細かく細かく分析していけば、
必ず原因は解き明かされる。
わからないのは貴様の探求心が足りないからだ。
自信たっぷり、そんな風に決めつけるようなところがありました。
ボクはその年老いた彼に、
「なんでも原因があるって?
そうなのかな?人間はそんな風に、
複雑な機械のようではないんじゃないかな?」
と茶々を入れたりしました。
「それはキミが若くモノを知らないからだよ」
と彼はボクを諭しました。
「でもね。人体は臓器や器官でできた物質ではないでしょう?
精神は脳や神経による生化学的作用ではないでしょう?」
と、ボクがさらに続けると、
「まったく。
キミのような無知と話をすると、ワタシはひどく疲れるよ」
彼はそう言いました。
ボクだって話の通じない彼に疲れます。
だけどボクたちは時々会っては、いつも世間話を続けたのです。
このまま、ボクたちの話は永遠に平行線だろうと思いました。
実際のボクといえば、才能も運も金もありませんし、
彼を納得させるような実績もありません。
ワンワンと生意気に吠える子犬をあやすことで、
いくらか刺激になっていたらいいなと思って会いました。
すべてを手にしたソロモン王がこう言っています。
「空の空。すべては空。
日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう」
すべてを手にするから、虚しいのではないでしょうか。
すべてを手にしなければ、ボクのように、