世の中は今、大きな変化の真っ只中にいるわけだけど、MAMEHICOも日々トラブルが絶えません。
その背景には知能や予測能力が大きく関わっていると感じている。知能が高いヒトとは、先を読む力があるヒト、予測能力のあるヒトのことだと思うけど、うちのスタッフを見ていると、その力が足りてないな、もっと先を読む力をつけて欲しいなと感じることもあるよね。
ChatGPTの登場によって、人間の予測能力そのものが問われる時代になった。
自分より知能の高い存在が無料で使える社会では、居場所を失ったと感じるヒトが今まで以上に増え、不安から民族やコミュニティといった分かりやすい帰属意識に戻ろうとする動きも出てくる。それは変化についていけない不安を抑えるためとも言えるよね。一方、知能の高いヒトから見れば、それは進歩を止める保守的な動きにも見えるわけ。
MAMEHICOのスタッフ採用は能力や知能を基準に人を選んできたわけじゃなく、来た人にやってもらうしかない。だから、無駄や寄り道も多い。ラジオも上手いヒトを重用していくことはあっても、それだけではなくてやる気があればやってもらっている。それは、ある意味もう1つの進化があることを予測しているからなんだよね。
知能、予測能力が高いヒトは失敗や利益にならないことは避けるから同じ失敗はしない。だけど、失敗を繰り返しているうちにしか見つからない発明や工夫もあるんだよね。多くの文化や芸術は、無駄に見えることや偶然から生まれてきたわけで、効率、能力主義だけでは、大きな進化を捉えにくいとも言えるよね。
何より、ボクの家訓でもあるセレンディピティという偶然による出会い、発明は予測能力だけではつきにくいだろうと思うよね。
そう考えると、これからますます能力主義になって自分の居場所がなくなって保守の方に流れて、それをせせら笑うような論調で分断があったとしても、能力主義とは別の進化がある気がしている。
MAMEHICOは能力主義とはまた別の進化というものに重きを置いたような、これも偶然だけどそうなっている気がしますね。