シリーズ 『おやつが好き』5

井川「昨日に続いてパティシィエだった彼女の話しを伺いたいと思います」

「私が2歳からお世話になってた保育園ていうのが、
ちょっと変わってて。
園の毎日のおやつが、
煮干し1本と煎りハト豆ひとつかみ。
これが、めーちゃくちゃ美味しかったんです」

「煎りハト豆って何?鳩に豆鉄砲食らわすとはいうけど」

「大粒の青大豆のことなんです。
毎日豆屋さんで煎ってもらった豆を配ってくれてたそうで。
大人になって、あちこちスーパーで探しても、
同じ味の煎豆には出会えませんでした。
それくらい美味しかった。

このとびきり美味しいお豆を、
なんとかお母さんにも食べさせたいと
こっそり半分食べずに持ち帰ったこともありました。
今マメヒコで働いていて、なんか豆に縁があるなあたしって」

井川「マメヒコで働くことは、君の場合、
保育園時代にすべて決まっていたような気さえするね。

今度からその保育園の卒園生を優先して採用するから
保育園の名前を教えてください。

おやつというのは、やはりお母さんとの思い出と直結してるね。
ほかにおやつのエピソードある?」

「はい。
わたしは田舎で育ったので、
普段はいとこと一緒に
ひまわりの種をとって炒って食べたり、
飼っていたにわとりの卵で玉子焼きを作ったり、
ざくろや木の実を取って食べていました。

休みの日などに作ってくれたパンケーキとか、
サイダーとバニラアイスで作るクリームソーダは
ちょっと特別な気がして大好きでした。

どんなものを食べたか、という記憶よりも
一緒にお手伝いをしながら作った事を思い出します」

「すごく自分がおやつ大好きで、「おやつにしよっか」という言葉だで
寝てても飛び起きるくらい。

私が小学生上がる前は結構、 母は手作りおやつを作ってくれていました。
ドーナツ、パウンドケーキ、マドレーヌ、牛乳寒天、ババロアなど。

ただ、小学生になってしばらくたつと
母のピアノ教室が忙しくなり、打って変わって、
おやつくらい自分でなんとかしなさい、という方針に変わって野放しでした。

といっても小学生が喜ぶようなお菓子類はうちにはなく、
父が好きなおせんべいがあるくらい。

ピアノの教室の部屋の隣の居間で
ご飯まだかなーと静かにおせんべいをほおばっているのがおやつの思い出かな」

井川「おやつっていうのは、味というよりシチュエーションに
大きく左右されるね。

やがて食べるのが好きというひとと、
作りたいというひとに分かれていくのも面白い。

でも誰しもお菓子を一度は作りたいって思うよね。
ただ、最初の1回がうまくいったかいかないか。
それでその先が変わってくる。

作って喜んでもらえたら、また作りたくなる。
作るからうまくなる。
そしてもっともっと喜んでほしいと上達する。

そのうちにこれを職業にしようと。

そうしていまここに君たちはいるわけだけど。
最後になるけど、じっと黙っているあなたはどうかしら」

「べつに、とくにありません」

井川「なにかおやつについて思い出ない?」

私の家は幼い頃からおやつは買ったものばかりだったし、
せいぜい作ってくれたといっても簡単な蒸しパンで。
とくにおやつの記憶はありません」

井川「そんなことないと思うよ。思い出してみて」

「みんなみたいにそんなお母さんがケーキを作ってくれたとかないもの。
家は手作りのお菓子などなくて、
料理も簡易的なものが当たり前で。
もの心ついた頃は自分の家のご飯があまり好きじゃなかった」

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