『ヒューマニズムの經濟學』 について④

【精神的な価値基準の喪失】
財産を持たない大衆化したプロレタリアートは、一斉に孤独になったんだよ。
レプケは、孤独な根無し草になったのは
「精神的な価値基準」が失われてしまってからだとしているよ。

■失われた精神的な価値基準

・文化的・精神的な価値基準
・道徳的な価値基準
・伝統的なものに属しているという価値基準
・違った世代とつながっているという価値基準
・歴史の中で自分はどこにいるのかという価値基準

精神的な「根無し草」となった大衆は、社会のどこに属し、
どのような立場に自分がいるのかわからなくなってしまったんだ、
とレプケは指摘している。

伝統を壊したせいで、自分たちの持っている
文化的で精神的な支柱が失くなってしまった。
そして世代もバラバラで、つながっているという意識も
希薄になってしまった。

だから、
「今だけ、金だけ、自分だけ」になってしまうんだというんですね。
 すべての価値は金品に換算されるから、
すべてカネで測った価値で物事を判断してしまったりする。

そしてアダム・スミスを誤解して、自分の利害損得に忠実に行動すれば、
あとは市場が調整してくれて世の中は良くなるんだと勘違いすることになった。

結果として、貧富の格差はどこまでも拡大するし、
日銀が国債や株や不動産投資信託を買って株価だけは上げたりするしね。

そして自己を見失い、精神的に不安定になった大衆は病的になるとしている。

 

【病的な孤独感】
道徳的にどうしていいかわからなくなってしまったものだから、
その強い孤独感ゆえに、自分だけが信頼できるものだと思おうとするんだ、
とレプケは指摘しているよ。
つまりみんな利己的になってしまうということだね。

さらに孤独な者たちには下記のような特徴があると。

喜怒哀楽が乏しくなる。
意欲や気力が低下する。
会話の量が減る。
人との関わりが減り、自閉的になる。

その病的な孤独を防ぐためには信仰しかない。
ところが、ドイツではキリスト教だけど、それが全く失くなってしまっているんだ。

 

【神がいない社会】
 相次ぐ市民革命は伝統的な社会秩序を破壊して大衆社会をもたらした。
そして経済革命は資本主義を登場させ、さらに大衆化を加速させた。

そして脱キリスト教化も進行した、と。

神がいなくなって、宗教的信仰が薄れ、
献身的に尽くす能力も伝統的文化価値を育成する能力も失った。
その代わり、「人間が一番偉い」、「人間が神になった」という風潮が起きる。
というのも合理主義が世の中を支配し、唯物論が横行するようになったからだ。

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