透明であること

中島みゆきの「エレーン」という曲があるんですよ。

「ラジオ瀬尾さん」でリクエストがあって、その曲をかけた時にね、あれ、この曲どっかで聴いたことあると思ったんだけど、この前、はっと気づいたんだよ。
脚本家の倉本聰さんが中島朋子さんを主役に「時計」という映画を撮っていてね。昔、うちにそのサントラレコードがあった。その中に「エレーン」が入ってて、そのラインナップが凄くて、印象的で、ずっと聴いていたんだよね。

ボクは「北の国から」を小中学校の時に観て、とても感銘を受けてね。その中に中島みゆきの曲がいっぱいかかってたんだよね。ちょっと物悲しいバーとかスナックに、BGMでかかっている感じがあって、これがボクの中島みゆきの原点だなと思ったわけ。

アレンジャーの瀬尾さんと一緒にやるようになってからは、ドラマの主題歌を歌ったりして有名になるわけだけど、ボクが知ってた「北の国から」の中島みゆきは、無名で、アーティストとして意識していない。そういう意味では、吉岡君と中島朋子さんも純君、蛍ちゃんでしかないし、田中邦衛さんもそうだよね。庄吉は庄吉でしかない。
ホントに純がいて、蛍がいて、吾郎さんがいるという世界を楽しめたわけ。
例えば、寅さんの渥美さんは寅さんでしかない。そういう意味じゃ、透明だよね。透明であることが、ものを作るときに大事だと思うし、見ている方も、その世界に入り込めることがすごくあると思うのね。

でも、今の世の中的にはそうではなくて、なるべく色のついているヒトを使うことで、ブランディングしてる。「瀬尾さんのアレンジ」、「あの中島みゆき」という色がついているでしょ?
色がついてるものがいいという世の中だけど、ボクが好きなものは、とても透明なものなんだよね。

そういう意味では、ボクのラジオを聞いてるヒトは、ボクのこと知らないもんね。
透明である。これは、いいことなんじゃないかなって、そんなふうに思いました。

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