始まりは正しい

始まりって、いつも正しいよなって思うのね。

どんなことでも長く続けてると、正しくいられなくなってくるというのはある。
歴史を見ると300年余り、江戸幕府が続いてね。京都から東京に首都を移した徳川家康の判断は正しかったと思うけど、続いていく中での綻びは、きっとあったんだろうと思う。始めたときは正しかったものが、300年も続いているうちにおかしいことになって、そんな時に開国をしたということなんだと思う。

先の戦争で日本は敗れ、アメリカのほぼ占領下になって、新しい国が行われ80年近い。これも始まりは正しかったんだと思うけど、続いていく中で、いろんなことがおかしなことになって、久しいよね。
長く続ければ、ほとんどのものは正しくなくなってくるってことだと思う。ヒトは安定を目指すから、惰性が優先される。裏を返せば、いつでも不安定な組織は、新陳代謝が行われているので、常に始まりだと思って作り直せば、長いこと正しくいられるかもしれないね。

うちも会社を作って20年。始めた時からやってること、喋ってることは同じ。16年前、世の中はいずれ行き詰まるから、そうじゃない形のカフェが出来ないかな、と思った、あの時のボクは正しかったんだろうと思うんだよね。

何かを守ろうと、みんなが慣性の法則で惰性で動くようになったら、正しさは守れない。ちょっと不具合が起きてるなと思ったら、それを壊す。そしてまた新しく作る、というのをやることが人生を充実させることになるんじゃないかな。
正しいかどうかは、続くかどうかで査定されるから、とにかく始めてみる。

もし、どこかの組織にいて、自分に権限がなくて間違っていることを正す立場にいない場合、惰性の中にいるから、自己欺瞞になるよね。そんな時は、組織にぶら下がっていずに、終わってしまう組織の弔い側に回る。組織の終わりを見届ける側になり、自分はその組織とは別に何かを始めることが必要だと思うよ。

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