自分の中にいる二人が、最近、喧嘩ばかりして困っている。
ヨーロッパの街並みは、歴史に積み重ねられた統一美がありますね。
それに比べるとなんとも、日本の街並みは雑然としていて、帰国するたびにがっかりします。
なんでこうも違うのかしらと調べてみると。
その違いは、歴史的背景による部分が大きいなと気づきます。
例えばパリ。
パリは第二次世界大戦中にドイツに占領されましたけど、連合軍は、世界的な歴史的建造物を守るため、またフランスの市民や政府の支持を得るためにパリへの爆撃を止した。
そのおかげで歴史的建造物がそのまま残り、あの街並みがいまなお続いている。
一方、日本。
東京は第二次世界大戦で大規模な空襲を受け、ほぼ焦土と化した。
戦後、限られた資金と資源で急ピッチで都市の復旧を進めた結果、街並みは場当たり的なものとなり、道は曲がりくねり、電線は地中に埋められず、電柱が立ち並ぶ景観はなんとも「汚い」。
さて「美しさ」には、どこか暴力的な側面もあるよなと気づいたりもする。
パリの街並みはナポレオン三世時代の大改造によって、統一感ある美しさが生まれた。
それはときに住民を強権的に立ち退かせるなどして、築かれた部分もあるはずなのです。
それに比べれば日本は「民の国」として、雑然とした景観とはいえ、そのなかにはほっこりとした、人々の自由な生活の痕跡が見えたりもする。
雑多な美しさのなかに、完璧さを求めない人々の暮らしや文化が、ぎっしりと詰まっているとも思えるのです。
思い返せば日本は、戦後、アメリカの傘下に置かれ、国内復興に追われて、街並みは急場しのぎに
ならざるを得なかった側面がある。
なにもこれでいいのだと先人たちも思っていなかったろうと思う。
次の世代がなんとかしてくれるだろうと思っていただろう。
だからボクは、あくまでボク個人の遺恨ですけど、急場しのぎでも復興してくれた先人に感謝しつつ、改めるところは改め、古きものと新しきものが調和した美しい街に、この国を作り変える。
そんな担い手になりたかったなぁ、そんな無念さがどこかにある。
現実としては、それは叶わなかったといえるでしょう。
今の日本の都市部、地方、どこをとっても、古きものと新しきものが調和した美しい街にこの国を作り変える、それどころじゃない惨憺たる現状です。
人口減少、担い手不足、閉塞感、経済の停滞、世代間格差…、課題だけみれば絶望です。
そこでボクの中の二人が喧嘩を始める。
「戦後100年と経てば、色々と熟れて、この日本は素晴らしく良くなっているでしょう。
発酵を待つパン生地は触らずとも熟れて旨味溢れるように。
だから、いつか、ボクたちの後世の世代がそれを担ってくれるだろうと、甘い期待を持ってればいんです」
もう一人の自分が叫ぶ。
「あなた、それは無責任にもほどがありますよ。
あなたにやれることはいくらでもあったはずです。
ただ我が世の春を謳歌したいだけ、まったく本質に目を向けず、その場しのぎをあなたが繰り返した結果が、この体たらくなのですよ。自覚してください」
ふたつの声がステレオとなって、ボクの心にこだまする。