第8話-Act.2とAct.3 配信されています(完)

大変ご無沙汰しています。こんにちは、制作の坂本です。
今更ながらですが、ついに連続ドラマ「ノッテビアンカ」を終えました。
第8話-Act.2はこちらでして、↓

最終回となる、第8話-Act.3はこちらです↓

※ 今までのノッテビアンカは、こちらから。全話の再生リストです。

先日、MAMEHICO「井川さんの雑話会」@御影のために、
神戸へ向かう新幹線内で、第8話をAct1〜3まで通して見て、
ノッテビアンカ終わったんだなぁ・・・とようやく思いました。
内容も技術も演技も、ここに着地しています。

ついでに新幹線でちまちまと計算したら、
ノッテビアンカ全24回、10時間36分48秒でした。
ロケ日数は100日超、テイク数は4000超。
奈良ロケ(合宿)しかり、朝から晩まで撮っていた日も少なくないからなぁ。
結構なプロジェクトでございました。
機材やバッテリーなど、家庭用も多いので、
ガタがきたものもあります・・・。笑

ノッテビアンカらしいと思っていた長回しがほとんどなくて、
シーン替わりが多くて、巷のドラマにいちばん近いのが、第8話かなと思います。
でも、第8話のラストシーンは(最後の最後)、ノッテビアンカらしい、
つまりは、とても井川さんらしいカメラワークと絵作りだなと感じます。
このシーンを見たら、井川さんが何を大事にして撮って、
編集しているのか、とてもよく分かると思います。
にしても、この太陽光具合、運にも恵まれましたね〜。

私は、参加していただいた皆さんの顔も思い浮かぶので、
あぁこんなシーンあったな、こんなことあったな、と
エンドロールの文字だけを追っていても、
思い出が溢れてきて、とても感慨深いです。

ノッテビアンカなんて、全くの素人が
モチベーションだけで連続ドラマが作れるのか、
という社会的実験だよ、と井川さんは言っていたけれど、
やりきりましたね!!

起こらなかったから当たり前のように思っちゃうけど、
大きな怪我や事故もなく、データ紛失も一切ありませんでした。
スポンサーがいるわけではありませんので笑、
借り物競走のように、あのヒトからはロケ地を借り、
このヒトからは小道具を借り、
お客さんや友人に、エキストラをお願いしたり。
配信されたら、コメントを書いてくれたり、
感想を伝えてくれる方もいらして。
改めて、関わってくださった皆さんに、
心からの感謝を申し上げたいです。
本当に、本当にありがとうございました。

初々しい第1話から始まり、この第8話まで
雰囲気も異なったり、起伏に富んだ構成なのは、
ほぼ1年かけて撮影して、長いものをこさえたから、
の一言に尽きるんじゃないかなと思ってます。
短かったら、続けられなかったら、何にもなりませんもんね。
続けられた理由は、みんなで、面白おかしく創ったから、だと実感してます。

*****

ノッテビアンカは、ドキュメンタリーのように現実を反映しています。
現実と虚構の境目が、とても曖昧なんです。
閉店してなーんにもなくなった公園通り店。
セリフもない、ほんの1シーンがありますね。

撮影時には、もうお店の電灯は無くなってしまっていて、
窓からの自然光だけでは光量が足らないので、
撮影用の照明で天井を照らしていました。
その照明の光で、がらんどうになった空間が明るく切り抜かれ、
スローモーションみたいにゆっくりと塵が宙に舞っていたのを覚えています。
じーっと塵だけを眺めていると、その動きに合わせて、
時間の流れがゆっくりになるように感じる。
時間や重力の感覚を歪ませるような、
塵の独特な動きに魅せられながら、
流れに翻弄されるしかない塵に
公園通り店が重なるようで、
なんとも虚しいけれど、これが世の常だろう、
という平家物語みたいな気持ちになりました。もう夢の跡。

でも、時代に抗ってどんな手段を使ってでも
公園通り店に生き残って欲しいとは思えませんしね。
ノッテビアンカは時代を切り取った作品だとしみじみ思います。

*****

私は未来にノッテビアンカのことを、どう思うんだろう。
老いた私は、この時代を作品をどう振り返るんだろう。
ストーリーを完全に思い出すことはできないだろうけど、
胸のなかにちらついてくれる、美しいもの、そんな感覚は残るでしょう。

これまでの30年余りの人生でも、デジャビュのように曖昧かつ
儚くちらつく美しい光景が、私にはいくつかあります。
とても個人的な思い出で、この場では蛇足かもしれないけど、
そのうちのひとつを書いてみようかしら。

昔のはなし。
小さな私は、祖父とふたり、
犬を連れながら畦道を歩いていました。
私の祖父は専業農家で、
犬の散歩では畦道を歩くのがお決まりだったのです。
ちょうどお彼岸の頃だったでしょうか。
たくさんのコスモスが咲いている場所があって、
祖父が立ち止まると、手を合わせました。
不思議そうな顔をする私に、祖父は一言。
「おじいちゃんのおじいちゃんは、お墓じゃなくって、
このコスモスのところにいるって約束したんだ」と。
ちょっと遠い目をしている祖父に、幼心に私は、
花が好きな私の祖父もやがてここに還るんだろう、と感じていました。

それから時は流れ、私が成人したのちに、祖父は亡くなりました。
お葬式でコスモスのことを思い出して、いろんなヒトに尋ねてみるものの、
そんな話など知っているヒトは誰もいませんでした。
あれは、幼い私の記憶違いだったのかしら。
けれども、確かなのは、畦道のコスモスを見ると、
私にはいまだに祖父の面影が浮かぶこと。
子供だった祖父と、祖父の祖父の姿にも思いを馳せること。
自分の命の不思議を、そのセピア色のなかに想うこと。

誰しもの記憶のなかに、
真偽などはどっちでも良くて、でも、
儚く美しい、きらきらした光景ってあると思うのです。
バトンをつなぐように、脈々と受け継がれている光景も、
情緒も感情も、そういう不思議なものはあると思うのです。

ノッテビアンカも、どんなに時間が経っても、いや経てば経つほど、
より抽象的で感覚的なカケラになって、
私のなかにたくさん散らばっていくはず。
宝物と呼ぶには陳腐だけど、生涯大切にするカケラでしょう。
それは、私の核にも、なっているでしょう。
誰か見てくれたヒトにも、やがてカケラが生まれ、
継がれることがあれば、とても嬉しいです。

*****

ノッテビアンカは、やれやれ、これにて終了ですが、
ノッテビアンカから生まれるものがあります。
新しいMAMEHICOは、まさにそうですね。
カフエマメヒコで地中で大人しくしてた種が、
ノッテビアンカで芽吹いて、それをMAMEHICOとして育てよう、という感じ。

そして、MAMEHICOチャンネルで配信中の
「大切にしている10のこと」は、
なんと井川さん無しでの、撮影や編集が行われています。
映っているのも、そう、ノッテビアンカチーム。笑
チームを何周かしてもつまらないので、皆さんにもお尋ねしたいです。
ところどころお見苦しいところがあるかもしれませんが、
どんどんクオリティはあげていくことを約束しますので、
こちらから、ぜひご覧くださいませ!

さらに、お知らせ。
ノッテビアンカに出演した役者を中心として、
演劇をやります。
井川さんも役者として出演予定です。
クランクインを目前としていた昨年の今ごろ、
演劇をやることになるとは思わなかったな。
無我夢中で目の前のことをやってると、
進むべき方向に、導かれるように進んでくのかも。

さて。
しがない制作日記(ついに月記)は、これにて擱筆。
お付き合いしてくださった方々、ありがとうございました!
また、どこかで、お会いしましょう。

クミ役・撮影・制作・諸雑用
坂本智佳子 拝

ここに極まれり
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