飲水思源

飲水思源

「飲水思源」
これは中国の故事で、水を飲む時には源に思いを馳せよという言葉。

これはボクの好きな言葉でね、水を飲む時は、つい当たり前に思っちゃうけど、井戸を掘ってくれたヒトの事を思って水を飲みなさいよということ。

今の世の中の様に、ありとあらゆる物の既成品に囲まれていると、なかなかそこに思いを馳せるのは難しいよね。

ボクが飲水思源を思うときは人間関係かな。
どういうわけか、このヒトとボクを引き合わせてくれたヒトは途中からいなくなっちゃうというケースがあって、間に入ってくれたヒトのことはつい忘れがちだけど、そのヒトの事は忘れまいと思ったりするよ。

今、雑話会という形でいろんなヒトに出会う機会を設けて、ボク自身、井戸掘りをやっています。
井戸を掘ったからといって出るとは限らない。
これ何の意味あるのかなと思いながら、掘り続けていくと、途中、固い岩盤にぶち当たって断念するという事もあるしね。

いろんなものが混じってくるということは井戸を掘る上では避けられない過程の一つなんだよね。
実際、井戸をずっと掘っていくと、水脈にぶつかる直前は泥水が出てくる。
すると、そこであきらめちゃうヒトがいたり、見ていて非難するヒトがいたりするんだよね。

それでもさらに掘り進めて行くと、きれいな水がこんこんと湧いてくるような事があるんだけどね。掘った事がないヒトは、まだ汚い段階の水を見て、こんな水飲めないと思いがち。

つまり、時間のタームが違う。井戸を10か月かけて10メートル掘る。最初は泥水が沸き続ける。泥水が出てから、またひと月から二月かかる。
そういうものが井戸掘りだと思うんだよね。

最初から綺麗な水が沸きだしたのではなくて、いろんな過程の末にきれいな水が湧き出したのだ。飲むヒトはその事を忘れるなと。

そういうようなことを昔の中国のヒトは、後のヒトに教えるきっかけとして、この言葉を作ったんじゃないかとボクなんかは思います。

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