怨親平等

怨親平等

ここのところ、北朝鮮からどんどんミサイルが飛んで来て、きな臭くなっていますね。
「怨親平等」という言葉が、たまたま読んだ本に出てきて、「フム」と思ったんだけどね。「怨」というのは自分を害するもの、「親」は味方してくれるものという意味で、「怨親平等」は、敵も味方も平等に接するという言葉。

ボクは、愛情とは、近しいものに対して向けられるものであって、近しくないものに対してまで愛を持って望むというのは、どこかちょっと嘘くさいというか、観念的すぎるという気がする。
戦争をするヨーロッパ、イスラムのヒトたちには、自分たちの信じてないものは敵であるというシンプルな考え方があって、そういう考え方は、すごく自然だと思うんだよね。

戦争は、敵と味方に分かれて戦っていくんだけど、やっぱり誰でも戦争は嫌だよね。でも、攻撃しなければ、自分が愛してるものを攻撃されるという事になれば大義名分が立つし、相手が敵であるという事であれば、それを叩く事に対して抵抗がなくなるという事。これは動物的だなと思う。動物も、敵か味方かがすごくシンプルで、観念では生きてないわけ。

対してこの「怨親平等」という仏教の言葉は、非常に観念的すぎる気がして、そんな事は出来ないだろうってボクは思うね。こういうものが出来ないのがヒトであるというのかな。

日本に限らず、小さな国は、戦争をしたとしたら絶対に勝ち目がないよね、いろんな意味で。

この「怨親平等」という仏教の言葉は、そういう時の救いになるとは思う。敵でも味方でも愛すべきだっていうような教訓として聞くより、慰めとして聞くと結構効果がある気はする。どうしても勝ち負けにこだわって、いろんな形で負けないようにという気持ちでいる事はある意味大事かもしれないけど、恨むというのは、ものすごいエネルギーがいることだから、敵も味方もなく平等に扱うと言った方が気が楽っていう事じゃないかなって思ったりします。

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