音楽と演劇とカフェ

コロナ禍で、お店を続けることは難しい。そんな中「ボクは何故、音楽と演劇とカフェをやってんだろう」って、考えてみたわけ。

音楽とは何かと考えたとき、人間がもともと持っている動物的な感覚というのがあって、音楽が新しくても古くても、そこは変わらないと思ってね。

まず、心臓がドクンドクンとリズムを打ってる。リズムやテンポは心臓に由来するんだよね。人間は興奮したりすると、鼓動は速く、大きくなり、落ちつくと、ゆっくり、静かになる。
嬉しい時は高い声になって、嫌な時は低い声になる。これは、人間がもともと持っていた感情表現、身体由来のもので、動物としての感覚。こういうものが音楽の最初だろうって考えたんだよ。

人間の感覚、持っている感情が音楽とリンクして、例えば急に転調して高い音になる、テンポが急に速くなるのは、何らかの緊張と興奮を呼ぶんだよ。
また、キーンという高い音、キラキラした音は輝いているように聞こえる。かと思うと、木を叩くボンボンという低い音には、とても安定したものを感じる。人間はもともと森の中にいたわけで、木に囲まれている安心感なのか、少なくとも低い音の方が、安心でプリミティブ。
一方、高い音は文明的で、緊張と興奮を感じる。音だけで興奮したり、ヒトの情緒を変える事が出来るのは、とてもすごいなと思ったんだよ。

そもそも音楽とは、安定と緊張と興奮をどう表現するかなわけ。

音は単音ではなくて、その音自体が持っているコンテクスト(文脈)の中で意味を持つわけで、どういう位置づけでその音が存在しているのかを瞬時にヒトは嗅ぎ取っている。
和音ならアラブ的な音とかスラブ系とかね。

でも、なんでその和音なのかを考えないと、「中華はクックドゥーで」というようなメソッドになっちゃう。ボクは中華料理で油を食べさせるのは暖房がなかったからじゃないかと思って以降、中華の作り方が変わったんだけどね。

今日はここまで。続きます。

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