植物に親はいない

小さい頃の親との関係がいかに大事かを、ひとりひとりとしゃべっていると感じることがある反面、植物は自分自身で伸びていき花を咲かせている。植物の強かさ、狡さ、凄さを観ると植物に親はいないんだなぁって思うんだよね。

自分も、植物のような強さが手に入れられたら、さぞよかろうと思ったりする。

植物は非常に巧みに出来ていて、植物同士のネットワーク的なもので交信しながら、生き残っていく仕組みが身体の中に組み込まれている。自分の戦略を考えて生き残っているのが凄いよね。

例えば、おしべとめしべが花の中にあるものと、別々になっているものがあるけど、花の中にあるものは自分で受粉するかというと、自分の花粉を認識するセンサーがあって受粉まで至らない。本来は、自分以外の遺伝子を取り込むことで全滅しないように多様性を残しているわけ。

ダーウィンの進化論で、朝顔の実験があってね。自分の花粉で、めしべに受粉させ続けると、どんどん花が小さくなる。それを更に繰り返すと、ある時突然強い個体が登場して、それをヒーローと呼ぶらしい。

人間もいろんな過酷な状況の中で生きていかなきゃいけない。自分のことを顧みない、過去を振り返らないことで自分なりの人生の落とし前を付けて生きていくことが多々あるよね。自分ひとりで生きていくには限界があると、ひらめきのように思いつき、マメヒコに来て、偶発的に他者と出会ったり、ボクに会ってはなしを聞くと、自分の中に眠っていた種が急にむくむくと発芽することがある。

自分の中にも知らない可能性があって、それは危機的な状況、偶然によって発動して、朝顔がヒーローになったように、思いがけない奇跡が眠っている。そういうことを発見し、直面して、後から思えば奇跡としか思えないようなことが、ヒトが生きていく上での物語として、面白いよね。

植物は最初から親はいないわけで、生み落とされた環境の中でいろんなスイッチを入れながら育ってるのを知るとね、健気だし、神よ何故このようなものをお作りになったのかという気になるね。

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