依存と自立

MAMEHICO雑話会というイベントで20代後半の女の子に接すると、依存と自立の間に揺れているというヒトが非常に多いなと思うね。

この間の神戸のイベントで幼稚園の園長先生だったヒトと話ししたけど、子どもは小さい時に徹底的に甘える、依存することを覚えないといつまでたっても自立しないと言うんだよね。でも、世の中は子どものうちから自立させた方がいいという傾向で、母親が社会に出て責任を持った立場にいる場合に、子どもに自立してもらわなきゃ困るという側面もあるわけ。そうすると、子供は依存し損ねる。〇〇ちゃんは自立していて偉いわねと大人から褒められると、なんだって一人でできるんだよということを覚えるわけ。でも、甘えることが足りない場合、彼氏、旦那、なにがしかの人間関係の中に必ずどこかで強い依存を求めるよね。

でも、子どもの時に依存させてもらえなかったという経験があるから、あんまり依存して嫌われたらどうしようという気持ちもあるため、依存しないけど寂しいというのがぐるぐると回って、回り疲れて自立が遅れるという問題がある。

これは国民性という気もしていて、日本はもともと内縁、村の人間関係の中で結婚相手を決める習慣がある国だから、自分で主張するよりは他人に決めてもらうことの方が立場を悪くしないという経験から依存に依るところが大きい気がするよね。

たくさんの若い子達を見るとね、依存させてあげたいけど、ボクは母親の代わりは出来ない。あらゆる組織の中で、寂しいと感じてるヒトの多さは神戸より東京のヒト達の方が多い気がする。

依存気質があるのに、自立せよというのは不健全な気がするよね。

世の中は自立を求めてる割には、多くのヒトたちは依存型になっている。それは小さい時の依存に対する欠乏感がこじれて無理して自立を見せてるのが、結果的には強い依存になり、それをくれる相手がいないと非常に攻撃的になって被害者意識、被害妄想が強くなる。

やっぱり、依存と自立をもうちょっと考える必要があるなと雑話会をしていて思いますが、みなさんはどうでしょうか?

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