もしかして、いい子?

お店で「ぽうく」という芝居をやってますが、稽古がなかなか進みません。何に時間がかかるかと言えば、もしかしていい子?という所に引っかかるんだよね。

芝居をやる上で、自分をさらけ出す、一肌脱がなきゃいけないことはどうしたってあるわけだし、自分がどう映っているかという客観性も持たなきゃいけない。

でも演出や次のセリフ、細かいミクロのことで頭がいっぱいになるとマクロが見えない。ミクロとマクロの両方をやることがこんなにも難しいのかということにぶち当たる。体裁をいくら整えても出来ないものは出来ないから、自分は足を引っ張ってるな、なんでこんなに出来ないんだろう?と、自己肯定感が下がる。

日本人の多くは、自意識が高く自己肯定感が低い、いい子ちゃんシンドロームなんじゃないかなと思うんだよね。いい子ちゃんは体裁良く、常識的だから社会的にも上手くいくけど、ストレスもたまっているわけ。

ボクは今までいろんなヒトを見てきて、ヒトは必ず変わると思っている。悩んでいる、生きづらさを抱えている原因は、だいたい自分自身が作り出してるもので、自分自身に気づいて修正していかないと、周りの環境を変えてもおんなじことなんだよ。

自分を識る手段としてボクのプロジェクトに参加するというヒトがいる。なんで自分はこんなバカなんだ、今までの人生何してきたんだろう?と、心底、自分が嫌になる。でも、そう思うことで自分の人生が変わって良くなっていくことがある。辛くても自分が原因なので、自分自身を顧みることが必要なんじゃないかなと思うよね。

根本を見つめ、自分から逃げないで取り組んでいくと、ひょんなきっかけですごく良くなる。

自分を深く見る、よく識る、自己否定できる、そういう怖さに対して飛び込める。そういうヒトがなにがしか、自分というものを変えていく力を持っているよね。

 いい子はある意味、お母さんに愛されなかった、疎外されていたという寂しさを持っている。だから、ボクは、そういういい子を見つけると今のままじゃダメなんじゃないの?とついつい余計なことを言ってしまうんであります。

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