見えない価値

サン=テグジュペリの星の王子さまに、「大切なものは、目に見えないんだよ」という有名なフレーズがあります。

今は情報社会で、絶対的なものを感じにくくなっているよね。例えば、ノーベル賞を受賞しても、だから?権威主義でしょ?という風に物の価値が非常に不安定になってきてる。それだけ社会が成熟してきてるとも言えるよね。

今、日本中の農業や、既得権益など、いろんなものが、それおかしいんじゃない?と言われるように平気で罷り通っている。そんな中、自分たちの正義を通そうというヒトたちと横に繋がっていく時、見えない価値を信じているかどうか、そのヒトの持っている視座や価値観を見てしか横に繫りにくいと思うんだよね。

なかなか同じ思想のヒトで集まるのは出来るようで出来ない。設計ではなくて、たまたまその場に偶然居合わせた運や縁を持ったヒトたちで何かを作る(ブリコラージュ)ということが、これからの社会を作るんじゃないかな。そういう運や縁を持ったヒトが入ってくる余白を持った、バッファのあるコミュニティや設計は必要かなと思うよね。

こと、場作りでは、なんとなく面白そう、楽しそうという見えない価値も絶対的なものではなくて、地球という高速運転している乗り物に乗っているわけで、自分は何も変わらないと思っていても他の惑星やいろんなものの軌道の中に自分がいるから常に動いている。

自分が変わらないためには、自分が変わらないと、変わらないことにはならない。というパラドックスが当然起きるわけ。既存の価値観が崩れて、そこに近い所にいたヒトこそ、今まで何を信じてたのかという戸惑いは当然あるわけだけど、社会は常に移ろい行くわけで、まさに諸行無常だよね。

そんな、夜の海の中、自分は何の為に生まれてきたのか?自分はここにいて、こんな風にありたいというのが見えてるヒトが頭領になって、模索しているヒトの灯台になり、こっちだよ、と引っ張る必要はあるよね。

ある程度動くなら、これから儲かるビジネスとかそういうことではなくて、軌道に沿った生き方を選んだ方がいいとは思う。

何の為にこの世に生まれてきて、何をしようとしてるか?

みなさんの中にある、見えない価値。これが、これから大きな力になるんじゃないかとボクは思いますが、みなさんはいかがでしょう?

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