糸島のカフェについて

小さい頃から絵を描くのが好きでした。

親もボクの気質を知ってか幼稚園に入ったら、
園の放課後にやっていた子ども絵画教室に、
通わせてくれてました。

川口先生と高木先生という、
サイモン&ガーファンクルのような、
口ひげのおじさん二人が先生なのですが、
ボクはそこで、すごく褒められました。

絵画教室は木曜日だったので、
この歳になっても木曜日が来ると、
絵を描かなくちゃという気になることがあります。
木曜日と聞くだけで、ぱっと絵画教室がフラッシュバックするほど、
さぞや、子どものボクは二人のおじさん先生に褒められて、
嬉しかったんだと思う。

さて。

水彩絵の具と油絵の具。
このふたつ、大きな違いはなにかといえば、
「透ける」か「透けないか」です。

水彩絵の具のなかにも、
ポスターカラーのように透けないものもありますが、
水彩絵の具は、透けて塗り重ねられる、それが魅力でしょう。

薄い色を塗っては乾かす。
乾いては塗って、少しずつ、色を重ねていく。

前の色が溶けて混じわり、グラデーションになる。
青い海を描く、最初から狙った青では塗らない。
少しずつ、淡い色を重ねていく。
きらきらと光った水面は、なにも塗らない。
肝心なところは、あえて塗らない。
そこが難しいけれど、美しいのです。

塗っては眺め、
塗り足す、足さないを決めていく、
そういう絵との対話がボクは好きで、
そこを先生は褒めてくれました。

大人になったボクはヒトに対しても、
似たようなところがあります。

一度に深い色を人間関係に塗りたくない。

淡い色を、何度も何度も、塗り重ねるように、
近づいては眺め、足したり、足さなかったりしたいのです。

「海は青いでしょ、だから青く塗ればいいのね」
そういうヒトとは、付き合いたくない。

塗ってしまったら台無しじゃないか、
そんな恐れのようなものが出てきます。

時間のないヒト、さっさと結果を出したいヒト、
安く仕上げたいヒト、と仕事をすると、
「キミはどうしたいのか!?」と質問されます。
「海を青く塗りたいんだ」とはけして言えないのです。
「了解」と海を青く塗られたら堪らないのです。
「青く塗りたいって言ったのはキミだよね」
と非難されるなんて、哀しいのです。

福岡の糸島でいま、カフェを作っています。

加賀田さんという大工さんとボクで二人三脚、
まだなにもないところから作っています。

その時間がとても、、、、嬉しい。

ボクより20も上の大先輩ですが、
少しずつ塗っては眺める、という水彩画のやり方で、
場を創りたいボクの意向を汲み取ってくれるのです。

そして、そういう仕事の仕方をしたがるボクを、
愉しそうに褒めてくれるのです。
なんだかボクはまるで子供に戻ったような気分で、
海辺に新しいカフェを作っているのです。

この夏に開店予定です。

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